オープンハートものがたり
オープンハート。
言わずと知れたTIFFANYの有名な定番商品。
もう10年も前のバブル時代、この小さなネックレスをめぐり、いくつかの恋が生まれ、またいくつかの恋が消えていったという。
ここにもまた、甘く切ないひとつの物語が。。。


あれは、入社1年目の夏、いつになく暑い日だった。
ギラギラとした太陽と雲ひとつない空の下、額から流れる汗を拭くこともせず、
その日も俺は歩いていた。。。

その頃俺は「OA機器」部隊の営業マンであった。
OA機器、特にコピー機というのは、実に売りにくい商品である。
生命保険かコピー機か、という位,売りにくい。
誰でも、どこでも既に持っていて、
(最近はそうでもないが)他社との差別化が非常にしにくいし、
説明しにくい。

当然、お客さんの方でも、コピー機なんて、あって当然、「空気」みたいな機械と思っている。
だから普段は、その”別のメーカーの大して性能の変わらない「空気」”の紹介をわざわざ聞いてやる人というのは、よほどの暇人か、すでに隠居生活に入っている人もしくは非常に非常に親切な人、、だったりする。

「○○○○社製のコピー機のご紹介なのですが。。。」
と話を切り出すと、
「ああ、ちょうど今切れてたんだ。。。」
などという人はまずいない。(トイレットペーパーじゃないんだから。。)
反応は間違いなく、
「ああ、うちは、昔からXXXX社のに決めてるんだ。要らないよ」
となる。

それでは、こんな商売、努力しても無意味かというと、そうではない。
不思議なもので5年位経つと、(少なくとも営業マンから見て)突然、お客さんのほうで
「そろそろガタが来てるから替えよう」という話になる。
この5年(もしくは3年)に1回のその瞬間に、お客さんのそばにいた者だけが、見積もりを取ってもらえる、という栄誉をさずかる。
つまり、時々顔を出せる出入り業者になることが、この商売の第一歩である。
そのためにヒタスラ通う。通う。

この商売の肝は「足を使うこと、汗をかくこと」である。
入社してすぐ飛び込みセールスをやるときは、ありとあらゆる会社に対して、
(この時分は、ターゲットも何もない)
入り口に「セールスお断り」と書いてあるのにもめげず、
「(大声で)失礼します!本日はXXXX社のコピー機のご紹介にあがりました。」
などと叫び、突撃を開始する。

4月、仕事をなんとか始めたころなら
「入り口見なかった?うちはセールスお断りなんだ。。ああ、4月か。。
飛び込みのシーズンだよなあ。多いんだよねえ、毎年この時期。
ほら、これやるよ。名刺だけもらってくればいいんだろう。。」
などと言われ退散した若造も、3ヶ月もこの仕事をやると
「(とぼけて)えっそんなこと書いてありました?失礼いたしました。いえ、
5分でいいんです。。えっ○○社製しか使わない。。とおっしゃいますと?」
と、簡単には引き下がらなくなる。

本題からずれたが、まあそんなに単純ではないにしても、そんなセールスを
東京全域をターゲットにして、来る日も来る日も行っていた。
最初に書いたが、時は夏である。ある日、俺は新橋あたりを中心に営業をしていた。

新橋といえば、世の営業マンには有名な「娯楽の殿堂」と言われるビルが駅前にある。薄暗い1階には、チケットショップ、パチンコ屋、蕎麦屋から始まって、個人ローン、床屋、ゲームセンター、果てはあやしげな店までが、ごちゃごちゃに入っている。
日中は、パチンコに興じるオヤジ、ゲームを一心不乱にやる営業マン
疲れて蕎麦屋で寝るサラリーマン。。と人生劇場を地でいっていて、俺も
「あっち側へ行ってはいけない。。」と思いつつも、ある種学生時分では考えられなかった共感を胸に抱いたりもしていた。。「みんな頑張ってるんだよな。。」と。
その日は特別に暑く、今より20Kg痩せていた俺も、やはり汗だくとなり、

営業の合間、ふとその薄暗いビル「娯楽の殿堂」に入った。
ヒヤリとした風に一瞬眩暈がする。
ああ、一息ついた。。。
その時、いきなり遠くの方で大きな声がした。

「さあ、今からタイムサービスだ!なんでも1000円!1000円だよ!」
「ものは、ご存知”オープンハート”他各種アクセサリーだ!
はい、今だけ、今だけ。あるだけ。早い者勝ちだよ!」

俺は、学生時代、京都にいて、東京のおしゃれな学生とは
ずいぶん違う暮らしをしていた。(らしい)
高校の時のラグビー部の友達で、当時慶応の学生だったやつが、たまに京都に遊びに来て、
彼らの口説き方、デートの仕方について話していった。
それは、俺の周りでは考えられない話だった。例えば、

●デートで花は欠かさない。
車のトランクに花束を入れておいて帰り際にいきなり渡す。ある日突然、「これ」と言ってロッカーの鍵を渡し、女の子が駅のロッカーへ行ってみると、「バラの花束」が入っている。こっそり夜中に彼女の家の前に花束を置いてくる。。(この友人は、これをやったものの、誰が送ったか書かずに置いてきたため、その彼女が、彼のライバルのアメフト部の奴が送ってくれたものと勘違いし、結局、敗北するという失態を演じている)

●特定日(X'mas等)のプレゼントは、貴金属。
この頃のバイト代の多くは、これに費やされる。

●めし、、いや食事はフレンチから流す。。。
(俺は結婚するまで、フレンチを食べたことがなかった。。)

●車ももちろん必須。
電車で待ち合わせをしながら、デートの終わりには、「実は車置いてあるんだ」と言って、近くの有料駐車場へ。(実は前の晩からそこにとめてあったりする。。)

俺の感覚では「奴隷じゃないんだから。。」という感じだったが、そいつに言わせると
「なんかおかしい?」てなもんらしい。誤解のないように言っておくが、そいつは高校時代から非常にもてた。ラグビーでは、「NO 8」というポジションがあり、そいつはそのポジションで、通称「軟派8」と呼ばれていた。

そんな不自由しなそうなやつが、こんなことを言うので、当時俺は
「東京ってのは、大変なところなんだなあ。。。京都で良かった。。」
と思っていたものだ。
(皆そうだとは思わないが、「みかちゃん」の周りもこんな奴ばっかりだったらしい。。もっとも、彼女の周りは音楽家ばかりだから、「君のために、この曲を贈ろう。。」とかが、日常茶飯事だったらしいが。)

そいつが、奇しくも言っていたのが
「オープンハート、なかなか手に入らねえんだよ。関西なら余ってないかなあ。。」
という話だった。その時、俺の脳に「オープンハート=これさえあれば。。」という公式が焼きついたのだった。。

話はもどるが、場所は東京新橋娯楽の殿堂。夏。汗だくの俺は、
「オープンハート」の声を聞いた。
学生時代の記憶が鮮明になった俺は、仕事中にも見せぬ鋭いまなざしを声の方向へ送った。「。。おおぷん・はーと?。。。。おお!オープンハート。。か!」見ると、灰色で汗でヨレヨレになったスーツを羽織った男達が、鉢巻をしたバナナ売り(のような声をあげている売り場のオヤジ)の前に群がっている。なぜか皆40代後半のような、それもバリバリ仕事をこなす風ではなく、
今までどこかで寝ていたような奴らばかりだ。

あるものは、口をポカンとあけたまま、あるものは疑い深い目で、その「オープンハート」を手に取っている。なかなか皆買わないので、バナナ売りはイライラし始めた。
「ああ、もう、わかんない人は買わなくていいよ。ほんと。わかる人だけ、買ってもらえればいいんだ。奥さんも、娘さんも喜ぶよ。」

俺の鋭いまなざしは、再びキラリっと光った。
「俺は、、、俺は知っているとも!!”オープンハート”よ!」

俺は、まるで40年ぶりに親にめぐり合った子のように、バナナ売りへと歩み寄った。
目の前にあるアクセサリーを「むんず」と掴み、
(俺はそれまでオープンハートを見たことがなかった)
バナナ売りに差し出した。「これオープンハート?」
一応俺は確認した。
バナナ売りは、俺の方を見た。
本当に分かり合えるものに出会ったような、暖かいまなざしだった。
「ああ。オープンハートだ。」
薄暗い娯楽の殿堂に光が差し込んだようであった。

「じゃあ2つ、いや3つくれ!」

ここが、あとで「みかちゃん」に責められるポイントになるのだが、当時「営業は数だ!」を地でいっていた俺にとって、武器は多いほうがよく、明確なターゲットがない時でも弾薬庫をいっぱいにすることに全く迷いはなかった。だって1000円なんだから!
バナナ売りは「オープンハート」を内職で作ったような、小さな紙袋3つに入れてくれた。
何も考えず俺は、それをカタログ、提案書、見積もりの入ったカバンに投げ込んだ。


遮二無二頑張り、来る日も来る日も営業に出かけ、夏が過ぎ、秋、冬がすぎて、
そして、年が明けて、俺は会社生活2年目の4月を迎えた。

オフィスに暖かな光が差し込む、4月上旬のある日の午後、
2年目の会社生活を新たな気持ちで船出すべく、俺は机の中を整理していた。
引き出しの文房具整理用トレーには、使いかけのフタのとれたボールペン、領収書そして、消しゴムのくず、などが入っていて、うす汚れていた。
要らないペン類を捨て、会社に請求できない領収書をごみ箱に捨てた俺は、
消しゴムのくずにまみれた、ネックレスを3つ発見した。

それは、袋からはみ出し、まがい物っぽい鈍い光を、かろうじて放っていた。
「、、なんか汚ねえや。」
俺は一瞬、前に座っている8歳位年上の女性に「これ要る?」と聞きそうになったが、考え直し、机の横のごみ箱へ、そっと投げ入れた。
「オープンハート」は、新しい春の光の中、ごみ箱の中で鈍く黙って光っていた。。
そして俺は少しだけ大人になった。。


編集後記
この話は、作者が「みかちゃん」と出会う前のことです。念のため。
みかちゃんは、本物のオープンハートをたくさん(?)持っていたそうです。
「そんなにあったんなら、俺に預ければ良かったのに。。」とみかちゃんに言ったら、「運用するっていうんでしょ、いんちきな営業マンみたい!」と非難されました。いんちきではありませんが、俺は営業マンです。

1999-9-8
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by nekomekuri | 2001-01-01 00:19 | ねこかわいがり
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