庶民と音楽家
「あれ?」
最近、コンビニで鼻歌をうたっている自分に気づく。
どうしたことだ。
この感覚、忘れていた しっくりくる感覚。。
体が勝手にグルーブ(死語)する。もうノリノリ(死語)だ。

原因がわかった。
最近、リバイバルした曲がかかっているのだ。
どうやら音楽以外でも、あちこちで80年代のものを中心に古いものが復活しているらしい。
山口百恵、久保田早紀、ザ・ピーナッツ、H2O、、
次は原田真二か岸田智史あたりが来ると個人的には予想している。

ところで我家の有線放送のリモコンには8つ短縮ボタンがある。
そのうち2つ(泣)が俺の割当だ。
チャネルはご存じ「ヤング☆ナツメロ」
「80年代歌謡曲」の2本。
聞いているうちに、いつしか思い出の中をさまよっている自分に気づく。

考えてみれば当時の曲には一貫したドラマ性があった。
どの曲にもそれぞれが持つ固有のシーンがあり、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
横浜、横須賀、校庭、音楽室、夕日、グラウンド、、
ふと、つぶやく。

「こんな曲、もう誰も作れないんだよなあ。。これは、あの時代、あの空気があってこそだからなあ。」

すると、みかちゃんが横でネコをなでながら、あきれる。
「ばかねえ。音大の学生なら、いくらでも似たような曲作れるのよ。
 だいたい、一つの曲をベートーベン風、ブラームス風って作り分けられるんだから。」
。。少しがっくり来たが、気を取り直して久しぶりにCDを聞いてみることにした。
こんな夜は、京都を思い、しっとり行きたい。
アルバムは勿論、PACIFICMOON社のまったりしたシリーズの中から「京」

先日、英国からの客人にも1枚贈呈し絶賛された。
「これを聞き、また日本が好きになりました。。」と。
実際、どれを聞いても心にふれるものばかり。
いくつかの曲はわらべ歌を基調としたもので、ひとつのテーマを
自由に展開しながら、それでいて何故か日本的なイメージはくずさない。
京都に生まれ育った訳ではないのに、何故か子供のころからあそこにいたような気になってくる。

「日本人の心を失ったら、こういう曲は作られなくなるんだろうなあ。。。」

ふと、思ったことを口にする。
みかちゃんがネコと闘いながら、あきれる。

「あのね、よなぬき(4番目の音「ファ」と7番目の音「シ」を使わない)で曲を作れば、
 みんな、日本っぽく聞こえるのよ。あんまり色んなこと口にしないほうがいいわよ。」
音楽家と庶民が暮らすとこうなる。。
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# by nekomekuri | 2003-11-16 19:34 | ねこかわいがり